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The Zoo Story

Feb. 9-11 2007
Deaf West Theatre (Los Angeles,CA)
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公園で出会った2人の男。

平凡な家庭を持つ常識人のピーターと、ウエストエンドの安アパートに住み孤独を抱えた
ジェリー。コミュニケーションの欠如した現代社会を描いた鮮烈な物語だ。



「動物園に行ってきたんですよ」 「ねぇ!動物園に行ってきたんです」

NY、セントラルパーク。ある秋の日の午後。
一人ベンチで読書にふけるピーター(Troy Kotsur )に唐突に話しかける男、ジェリー
Tyrone Giordano)。フレンドリーだが眼光は鋭く、どこか落ち着きがなくて挙動不審である。ジェリーは原作によると、
  “30代の終わりの男。貧弱ではないが、ぞんざいな身なり。
                     極度の疲労倦怠感をおぼえている”
 という役どころだ。

そのキャラクターに加え、怪しい7:3分けに髭づら!ひと足先に観て、私を劇場に送り込むべく強烈にプッシュしてきた(笑)クワストさんは、「今までとはまったく違うタイ」 8月のボストン以来、劇場で再会したRuさんも「ホントに違う。。」と言っていたけど、やっぱりタイはタイ(笑)。私の中の彼のイメージとは、いい意味で変わらない(ま、惚れてるからね?)。

私が観たことのある、Edward Albee(同じ原作者)の舞台は『The Goat』(’04 London)だけなのだが、たぶんどの作品も人間の深層心理を描き、ある日突然、平凡な日常がひっくり返る。。というドラマ性の高いものではないだろうか?
終演後タイに “この役はどう?”って聞いたら、“すっごく難しいよ~”って言っていた(でもやりがい有り!って顔)。確かにめちゃくちゃダーティーな役。後半の長いモノローグでは、泣くわ喚くわ、舞台狭しと動き回って目が離せない。また、ジェリーの劣悪な生活や性体験をサインで語る場面は、台詞にも増して生々しい。

原作を読んでいったものの、初回は(3回観ました。笑)この役をどう捉えていいものか混乱した(ホントのところは、“タイが動いてる!ハック以来久しぶり。。。”とうるうるしていたのだけど・笑)。でも回を重ねるうちに、「ジェリーの考えは理解できる。でも共感はできないなぁ。。」から「彼は、結局ああするしかなかったのだ」 と変化していった。観れば観るほど面白くなっていく舞台って、ASLの勉強になるとか、タイに惚れてるとか(シツコイ?笑)を別にしても、いい作品なんじゃないだろうか?歌やダンスもない、地味な2人芝居。台詞やASLが、深く深く心に染みてくるのだ。

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タイは静と動をうまく使い分け、ベテランのトロイの胸を借りてノビノビ演じている(この2人、すごくいいコンビだ!)。犬に扮しての大仰なモノローグ。。ピーターを自分の世界に巻き込んでゆく話術のテンポの良さ。。投げ出したナイフの、周りの落ち葉をサッと払う繊細なしぐさ。。ほんの一瞬の、強い決意を浮かべた眼差しにはゾッとさせられたし、何よりも“手で語る言葉”は相変わらず美しい。タイロン・ジョルダーノ、改めていいアクターだと思う。

手で語る言葉=ASL(アメリカ手話)を使った演出について触れておこう。このDeaf West Theatreは、ろう者と聴者が共に舞台を作りあげるカンパニーだが、やはり『Big River』のような演出(声を当てる人がいるのを感じさせない工夫がたくさんあった)は特別なのだろう。この作品は音声通訳という形で、ASLに合わせて台詞を喋るアクターが2人、舞台上にいた。彼らの演技もすばらしいものだった。

たくさんの生の、ASLのサインや会話も興味深かった。「動物園に行ってきた(I Went to The Zoo)」→「Touch/Finish/The Zoo」などは、“ああ、これやったやった。。。”
また、2ヶ所のみ使用されたBGMについても考えさせられた。幕開けの街の騒音 ― 5th Ave.にバスが止まる音は、NYを知る私にはイメージが湧きやすかったし、ラストの鳥の鳴き声 ― これは原作にはなく、すごく印象的だと思うけれど、ろうの人には伝わらないのだ。

もうひとつ、原作には書かれていない演出があった。ピーターがジェリーを刺した後(正確にはジェリー自らナイフに飛び込んでいくのだが)、瀕死のジェリーにピーターがキスをする。衝撃のシーンだ。Ruさんは、「死にゆく者への憐憫ではないか」と言っていた。それもあるだろう。そしてまた、ピーターはパニックになりながらも全てを理解し、初めて2人の心がふれ合った瞬間だったのかもしれない。

ラストシーン。 ジェリーの 「My God...!」の台詞は嘆きではなかった。薄れゆく意識の中で聞いた鳥のさえずりに、“神の恵み” を感じたのではないだろうか?

“動物園で、いったい何が起こったのか?”
。。。確かな答えは、観客1人1人の胸の中にあると思う。